パックを開けるたび、
10歳の自分に会える
ぶち太郎さん
私がポケモンカードに出会ったのは、10歳の頃でした。
今から約28年前のことです。
当時の私のお小遣いは決して多くありませんでした。それでも、ポケモンカードの新しいパックが発売されると聞くと、胸が落ち着かなくなり、少ないお小遣いをポケットに握りしめて近くのお店まで走って買いに行ったものです。
お店の棚に並んだポケモンカードのパックを見つけた瞬間の、あの胸の高鳴りは今でも忘れられません。限られたお小遣いの中で買えるのは、ほとんどの場合1パックだけ。それでも、その1パックには大きな夢が詰まっていました。
レジでお金を払ってパックを受け取ると、どんなカードが入っているのか想像が止まりません。家まで待ちきれず、お店の外でそっと袋を開けたことも何度もありました。
銀色のパックをゆっくりと開き、カードを一枚ずつめくっていくあの時間。
それはまるで宝箱を開ける瞬間のようでした。
そしてキラカードが出たときの喜び。
あの瞬間の嬉しさは、今でもはっきりと思い出せます。
手に入れたカードを何度も眺めながら、「次はどんなカードに出会えるだろう」と想像していたあの時間は、子どもだった私にとって何より楽しいひとときでした。
やがて時間が流れ、進学や仕事など日々の忙しさの中で、ポケモンカードに触れる機会は少しずつ減っていきました。気がつけば、あの頃のカードは思い出の中にしまわれたまま、大人になっていました。
それでも、ある日ふとポケモンカードを見かけた瞬間、胸の奥に眠っていた記憶が一気によみがえりました。
店頭に並ぶカードパック。
その光景を見たとき、思い出したのはカードの強さや種類ではありませんでした。
少ないお小遣いを握りしめてお店まで走ったこと。
パックを開けるときのドキドキ。
カードをめくるたびに広がる、あのワクワクした気持ち。
気がつけば、私は久しぶりにカードパックを手に取っていました。
レジに並びながら、不思議な気持ちになりました。
大人になった自分がポケモンカードを買っている。けれど同時に、胸の奥では10歳の頃と同じワクワクが確かに動いていました。
家に帰り、静かにパックを開けます。
カードを一枚ずつめくるその瞬間、懐かしさと同時に、あることに気づきました。
あの頃感じていた楽しさは、決してなくなっていたわけではなかったのです。
子どもの頃の私は、1パックのカードに大きな夢を見ていました。限られたお小遣いの中で手に入れたカードだからこそ、一枚一枚が宝物のように思えました。
そして今、大人になった私が改めて感じたのは、ポケモンカードは単なるカードゲームではなかったということです。
それは、あの頃の自分の気持ちを思い出させてくれる存在でした。
少ないお小遣いを握りしめて走ったあの日の道。
パックを開けるときの胸の高鳴り。
キラカードを手にしたときの小さな奇跡のような喜び。
そのすべてが、長い時間を越えて、今の自分の心にも確かに残っていました。
大人になると、日々の忙しさの中で、子どもの頃の純粋な気持ちを忘れてしまうことがあります。けれどポケモンカードは、そんな私にそっと思い出させてくれました。
あの頃、胸を輝かせながらカードをめくっていた自分のことを。
ポケモンカードは、私にとってただのカードではありません。
それは、10歳だった頃の自分と、38歳になった今の自分をつないでくれる大切な存在です。
子どもの頃の私は、きっと想像もしていなかったと思います。
大人になった自分が、またポケモンカードのパックを手に取っているなんて。
けれど、もしあの頃の自分に伝えられるなら、こう言いたいです。
「安心してほしい。
あのとき夢中になって集めていたポケモンカードは、
ちゃんと大人になった今でも、心をワクワクさせてくれているよ」と。
そして今日もまた、私はパックを開けながら思うのです。
あの頃と同じように胸を躍らせていた10歳の自分は、
きっと今の私を見て、少し誇らしそうに笑ってくれているのではないか、と。
【×】CLOSE