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母の物語を書いて欲しいと依頼されたのは、三男の神田善啓氏からだった。「これはまだ兄貴には内緒です。『行ける』となったら会って貰います」兄貴とは、シンガーソングライターの小椋佳氏である。取材は、善啓氏の姉から始まり、兄嫁、妻、叔父、従兄弟、元従業員の方々、生家の近所の方々と、順々に続き、千葉の海神に墓参りにも行った。母について語られる思い出は、どれも動的であり、ハイテンションな逸話であったが、次第に、みんなの記憶の陰にあった父今之助の姿が浮き彫りになっていった。動と静、軽と重。その、両極端な性格の二人の間に子供たちが居り、“千世香”という仕事場があった。そしてそれは、神田紘爾という人物が、銀行員と歌手の二足の草鞋が履けた訳をも明瞭にしたのである。今之助とトクは三人の男子を儲けた。初めて一同で語った記憶には時差があり、点と点を繋げていくと、更に確かな父母の実像となった。その上に興味深かったのは、三人が三様に両親の因子を受け継ぎ、それが一人の歌手小椋佳を作り上げている事実を目の当たりにした事だった。どの側面にも母の面影があったが、それ以上に父の影響が色濃かった。
目次 :第1章 昭和十五年十一月十日―紀元二千六百年目の出会い;第2章 昭和十六年九月十九日―俺の子が生まれるんだ;第3章 昭和十九年一月十八日―歴史が育っていく;第4章 昭和二十年三月十日―千葉屋が焼けた;第5章 昭和二十年八月十五日―白い磁肌が乱反射;第6章 昭和二十一年二月十七日―本建築に一番乗り;第7章 昭和二十六年五月六日―父と息子;第8章 昭和三十四年五月二十五日―五条神社の夏祭り
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